力まず自分にできることをやっていくことがコツです。

東日本大震災 |
2015年 7月 20日




ボランティアストーリー021-01

震災後、お二人が住んでいる登米市には南三陸町の方々が避難してきました。
この日も、仮設に住んでいる方を集めて月に1回のワークショップを開いていました。
なまこ工房という名前で革製品を作っているお二人。
お二人のお話を聞いていると活動のひとつひとつに、お互いを想う気持ち、登米にボランティアにきた方を想う気持ち、そして被災された方を想う気持ちなど、人を想う気持ちから生まれる「思いやり」を強く感じました。

お二人は昔からのご友人なのですか?

もう20年くらいかな。
お互い趣味で革細工をやっていてその愛好会で出会いました。
愛好会はもう解散してしまったんですけど、そのあともせっかくだから続けたいと思って、仙台に革細工の勉強をしに2人で通ったりもしました。
気心は知れているし、いい趣味に出会って、いい人に出会えてよかったな。って心から思います。

3月11日はどこで何をしていましたか?

毎年3月は加工クラブで手づくり味噌を作っているんですよ。11日のときも、町内の奥さんたちと味噌作りをして伊豆沼でお昼を食べて登米市内に帰ろうとしているところでした。
地震がおきてすごくびっくりしました。
登米は津波が来るようなところではないけれど、橋や家が崩れていた中を車で走り、家まで帰りました。
びっくりはしたけれど沿岸があんな状態だとはわかりませんでした。1週間、電気もとまっていたのでテレビも見れなくて...1週間後テレビをみて震災の状況がやっとわかりました。

活動を始めたのはいつですか?

震災の時、3月なのにすごく寒かったでしょ。
「何かしなければ!」と思って毛布とか防寒着を避難所に持っていきました。
今みたいにワークショップを始めたのは2011年の5月頃かな。
震災当時、登米市内の公民館に南三陸町の戸倉地域の方たちが避難していたんです。
その方たち向けにワークショップを開きました。

ワークショップはどんなことをしましたか?

最初は印鑑ケースをつくるワークショップだったかな。
お浸しとかを作って持って行ってお茶っこもしました。
避難所には、すべて流されてしまった人がたくさんいて、みなさん手続きに必要な印鑑もズボンのポケットに入れたりして持ち歩いていたんです。
だからすぐ使える実用的なものがあったらいいかなと思って、印鑑ケースを作りました。
男性や子供もたくさん来てくれて、好評でしたよ。
活動を始める前は「行っていいんだいんが(行っていいんだろうか)」と悩んでいたんですけど行ってよかったです。

ボランティアストーリー021-04

この日は革のブローチの作成。掛川さんがアドバイスをしています

公民館ではどのくらい活動していたんですか?

公民館には半年くらいかな、5.6回お茶っこしながらワークショップしていました。
結構長い間みなさん公民館で生活していましたよ。
そのあと今の仮設に移って、ここで月1回活動を続けています。

毎回ワークショップのテーマを考えるのは大変ではないですか?

そんなことないですよ。テーマは毎回2人で材料を持ち寄って話し合って決めています。
あとはみなさんから「こんなが作ってみたい」ってリクエストがあるときもあります。
みんなで時間内に完成できるように、段取りを組んだり、時間がかかりそうなものは下準備をしてきたりと工夫をしています。

その他はどんな活動をしていましたか?

東京災害ボランティアネットワーク(以下、東ボラ)の方々が登米市登米町の保健センターを拠点にボランティアに来てくれていたんです。
東ボラさんたちは毎朝ラジオ体操などをしていたので、そこでたまに一緒にラジオ体操したりして、挨拶を交わすようになって少しずつ仲良くなりました。
せっかく登米にきているのだから、登米らしいものも食べてもらいたいなぁ。と思って、はっと(登米の郷土料理)や登米でとれた野菜を使っておかずを差し入れに持っていくようになりました。
ボランティアさんへのボランティアといった感じでしょうか。
そういうボランティアもいいかなって思って。
東ボラさんが引き上げるまで毎週1、2回提供していました。
時には、三宅島の人たちがやってきてアジご飯をごちそうになったこともありましたね。
あとは、漁師さんたちが養殖で使うサンドバッグ(砂袋)を1000枚縫って作って志津川に送ったり、子供たちの災害教育に使用するスクールバッグを作るボランティアをしたこともあります。

ボランティアストーリー021-05
革細工を乾かす間に、みんなでお茶っこ。この日は手づくりのごはんと登米の団子屋さんのお団子を食べました。中心:竹内さん

震災後から今日までずっと続けている理由はなんですか?

みんなの笑顔が見られることが続けている理由かな。
あと、色んなことを工夫するのが楽しいです。考えながらできるので日々勉強ですね。
特別なことをしているわけではなく、自分でできることをずっと続けています。
今は退職して、子供も離れて、旦那と2人きりの生活なので時間の自由がきくんです。
体の動くうちは続けたいなと思います。

ボランティアストーリー021-03.
みんなで作った革のブローチ。皆さん素敵に仕上げていました!

最近は、こうやってみんなで集まっていると津波の話もするようになりました。こちらから「どうだった?」と聞いたりはしないですけどね。
話し相手になれるだけでいいと思うんです。そういう人がまだこれからもいてくれたらいいなと思います。
もし仮設住宅がなくなって、みんなが引っ越しても移住したところに行きたいくらいです。
(この話をしていると、お茶っこをしている方々からも「仮設がなくなっても来てね!」という声が聞こえてきました)

これを読んでいる方にメッセージをお願いします

自分にできる範囲で続けていければいいのかなと思います。
私たちは、2人の中でもなんとなく分担があってそれぞれができることをやっています。だから自分ができることをやるのが一番です。
みんなの話を聞いていると、こっちの方に行きたいんだなー。ということがわかってくると思うので、無理強いしないように、自分ができることを力まないでやってもらいたいなと思います。
あとは、自分が楽しんでできるのがコツかな。
こうやってみなさんに会えることが本当に楽しいんですよ。

取材:田屋 由佳利
プロフィール

ボランティアストーリー021-06 掛川君子さん
(70歳代・写真左上)
竹内優子さん
(70歳代・写真2列目右端)

職業:主婦兼皮職人
住まい:宮城県登米市






トップページボランティアストーリーとは運営団体について記事一覧お問い合わせ

赤い羽根共同募金