同世代の「風化させたくない」という言葉を聞いて。

東日本大震災 |
2015年 5月 8日




ボランティアストーリー018-01

人と話すのが苦手だったという石川君は、高校2年生の時に参加したボランティアバスをきっかけに、自分自身が徐々に変わっていったのを実感したそうです。今では大学生になり、団体を立ち上げて活動を続けている彼に、高校3年間を振り返ってもらいました。

Q.震災当時は15歳でしたね。どこで何をしていましたか?

あの時はちょうど家にいました。中学校を卒業する時期で、姉と二人で家にいたのを覚えています。家がマンションの7階ですごく揺れたので、すぐに着替えて下に降りました。住宅街だったので「ここに居たら危ない」と広い場所へ。その時はあまり情報がなかったので、最初は「いつもより大きな地震だったな」くらいに考えていました。家に戻るとテレビで津波の映像が流れていて、「これは日本で起きていることなのか」と、自分の心では受け止められませんでした。友人の親戚が福島にいましたが、身内や知人で被害にあった人はいなくて、「怖い震災だった」とは思いつつ、自分にとっては遠い出来事でした。

Q.その後、4月に高校生になってからはどう過ごしていましたか?

高校1年生の時は、部活に入ったり辞めたり、アルバイトもせず友達と遊んだり、家でテレビを見て寝る…みたいな少しだらけた生活をしていました。震災前から介護や保育のボランティアには興味があって、そういう面に力を入れている高校に入ったんですが、震災に関しては「募金くらいだったらできるかな」という感じで、特にボランティアに行くこともありませんでした。

Q.高校2年生の時に、ボランティアバスで東北へ行ったんですよね?

部活を辞めて時間ができたときに、ちょうど先生から「夏休みにボランティアバスが出るけど、一緒に行かないか?」と誘われたんです。何かしなくてはという使命感があったのではなく、「被災地を自分の目で見てみたい」「ボランティア活動に参加してみたい」という軽い気持ちで行きました。
行きのバスで参加者の自己紹介がありました。「今まで40回くらいボランティアに行きました」と言っている人がいたり、「東北のためにやりたいこと」を話し合った時にいろいろ考えて意見を言っている人がいたりと、軽い気持ちで見に行こうとしていた自分は気が引き締まったのを覚えています。

Q.活動内容は?

岩手県の大槌町と陸前高田市へ行き、被災した町を見学したり、子ども達と遊んだり、高校生と交流したりしました。当時は震災から1年半が経過していました。がれきの山に草が生えていたことや、解体されていないまま残っている建物があったことを覚えています。
神奈川では被災地の状況が報道されなくなっていたけれど、「あまり震災直後から変わっていないんだな」「ボランティアもまだまだ必要だな」と思いました。関東では「もう被災地は大丈夫なんだろう」というイメージがあったけれど、自分たちが発信していかなきゃならないと思いました。

ボランティアストーリー018-02

Q.印象に残っていることはありますか?

大槌高校の子たちとディスカッションをしたとき、僕たちは「いま必要なものはなんですか?」と聞いたんですが、
「特に必要なものはないです。それより、風化させてほしくない。見聞きしたことを、いろんな人に伝えてほしい」
と言われたんです。
その時に、「彼らは地元で起きた震災を風化させないためにいろいろな活動をして頑張っているのに、自分はこれまでの高校生活で、好きなことしかやってこなかった。同じ高校生なのに何でこんなに違うのかな。」と思ったんです。「震災復興のために関東からできることを考えるのが、自分がすべきことなのでは」と思いました。
この時に出会った大槌高校の子とは今でも連絡を取っていて、自分が大学生になって学生団体作った時に、話を聞いてもらったりしています。

Q.初めてのボランティアバスから帰った後は?

主催団体も「高校生を連れていくことに意味がある」と思ってくれたようで、高2の冬にもう一度高校生を対象にしたボランティアバスが出ることになり、僕の通っていた高校の有志と主催団体とで「どういう活動をするか」と話し合うことになりました。そして、クリスマスの時期に2度目のボランティアバスに乗りました。1回目は一般の方も居ましたが、2度目は高校生だけのバスでした。高校生だけだったのですこしだらけてしまったり、「話を聞く態度がなっていない」と叱られてしまったりして、バスの行程や活動内容は同じでしたが、1度目とはまた違った学びがありました。
2度目のバスから帰ってきて、僕は主催団体のメンバーに入れてもらい、事業報告会で発表をさせてもらいました。

高3になってからは、受験もあったのでボランティアそのものはあまりやりませんでしたが、地元で震災について考えるイベントに参加したり、つながりを切らさずにはいました。そして、高3の12月頃に指定校推薦で受験が終わり、「ふくしまキッズ」という福島の子ども達の保養キャンプを行う活動に参加しました。

Q.「ふくしまキッズ」はそれまでのボランティアバスとはまた違う活動ですね。

横浜の野島公園に福島の子どもたちを招いた、6日間泊まり込みのキャンプでした。最初は「手伝ってくれる高校生を紹介してくれない?」と言われたことからはじまったんですが、調べているうちに「楽しそうだな」と思い、自分で参加することにしました。誰も知り合いがいない状況で一人だけで参加しましたが、その時に一緒になった中高生と仲良くなり、春に京都で開催された時にも参加しました。

Q.一人で参加するのは勇気がいることですよね?

緊張しますけど、友達と参加してその友達としか話さないより、一人で参加した方が「やばい!誰かと話さないと!」と馴染めたように思います(笑) 横浜のふくしまキッズの時は、50人くらいの初対面の人と話したんじゃないかな。

Q.昔からどんどん人に話しかけるタイプだったんですか?

全然です。中学生の時は、口下手で人と話すのが苦手でした。ボランティアを始めて、初対面の人と話してみるということを繰り返していたら、できるようになりました。

Q.ボランティアをしてから変わりましたか?

そうですね、コミュニケーション力はついたと思います。大学を指定校推薦で受験して、面接があったんですが、ボランティアをしていなかったらうまくしゃべれなかったんじゃないかなと思います。あとは、人とのつながりができました。いろんな考え方を持っている人と会って、話して、新しい自分を見つけられた気がします。ボランティアをやることで、良いものを得られているというイメージです。

Q.周りの人の反応はどうですか?

ボランティアバスの報告会をしたときは、「高校生がこういった活動をしていて、良いね」と言ってもらえました。褒められると嬉しいですし、そのあとの活動の励みにもなりました。
高3で卒業する直前に、あるボランティアの企画を作って学校の先生に見せに行ったんです。ただ、その時はなかなか周りの協力が得られずに、その企画は実現しませんでした。それでも、そのことは無駄にはなりませんでした。負けず嫌いなので、「今回はだめだったけど、次は成功させてやる」と思って。大学生になってから、団体を立ち上げたんです。

Q.どんな団体を立ち上げたんですか?

学生が旅行会社と連携して、一般の方を対象に東北に行くツアーを企画するという団体です。風化をさせたくないという気持ちが芽生えて。通っている大学は、学校として東北のボランティアを行っていなかったので、自分で始めました。資金やメンバーなど、これから詰めていくことはたくさんありますが、twitterアカウントやfacebookページも作りましたし、今はわくわくしています。

ボランティアストーリー018-03

Q.石川君が、そこまで震災復興の活動を続けているのはどうしてだと思いますか?

きっかけはボランティアバスに乗ったことでしたが、続けようと思ったのは、最初でも話した同い年の子の「風化させたくない」という言葉です。自分と同世代で被災した子たちが今でもずっと頑張っていることを知って、何の不自由もなく生活しているだけではなく、自分も何かしなくてはと思いました。見て見ぬふりをするのは嫌だし、「伝える」ことってお金もかからないし。
あとは、深くかかわれば関わるほど、活動の中でいろんな人に出会うんです。学校や友達という人間関係だけじゃなく、社会の中に混ざれるというか、その経験が将来の自分に役立つんじゃないかなと思っています。

Q.最後に、読者に伝えたいことをお願いします!

自分から一歩踏み出すことは、勇気も覚悟もいることです。でも、踏み出さなかったら何も変わらない。良し悪しを始める前に決めつけてしまうのではなくて、活動してみれば今までの自分から何か変わるかもしれません。
僕はボランティアの企画がボツになってしまったり、活動を通して失敗や挫折もしましたが、今となっては良い経験になっています。「何を得られるかな」と考えすぎるのではなく、まずはやってみることがいいのではないかと思います。

取材:宮本裕子
プロフィール

ボランティアストーリー018-05 石川 哲郎さん(19歳)
職業:大学2年生
住まい:神奈川県
出身地:神奈川県






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